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  (解説)


 『YESTERDAY』は偉大な足跡を残したロックバンド・ビートルズのジョンやポールたちの話。

  400字原稿用紙、9枚の作品。


 

 

  YESTERDAY (至上の愛)

 

 

     I long for yesterday

                  ( 僕は 昨日に 戻りたい )

 

 

  1956年の初夏のリヴアプールの夜空に冷たそうな星が輝いている。

 なんという俺の人生。父はどこかに消えてしまい、母は別な男の所へ。

 しかし、心優しいミミおばさんとジョージおじさんが俺を拾ってくれた。

 

  もうすぐ16歳のジョンは、涙にかすんだ目で、庭のリンゴの木の

 向(む)こうの隣の家の、窓の明かりを眺めた。俺もいつまでもダラダラ

 と不良もしてられないぜ。俺は絵や詩が大好きだ。それとロックンロール。

 結局ところ、俺の人生は、俺自身が作るしかないんだ。今は、何たって

 エルビス・ プレスリーに憧れるよ。全く、あのハートブレイク・ホテルは

 最高さ。あの歌があるから、俺は生き返るように、ベストを尽くせるんだ。

 

  明日の6月15日のウールトン教会のパーテイには、アイヴアンが

 エルビスのマネのうまいポールっていう奴を連れて来るらしい。なんか、

 それも楽しみだ・・・。

 

 

  翌日(よくじつ)の、枯葉色のレンガ造りのウールトン教会には、

 穏(おだ)やかな陽光が溢(あふ)れていた。

 

 「あの・・、私は雑誌社に勤(つと)めるカメラマンなんですが・・・」

 

  と、スーツ姿の紳士が教会ホールの裏手にある楽屋に現れた。楽屋では

 ジョンたちのバンド仲間がくつろいでいた。お世辞にも、うまいとはいえ

 ない、ガチャガチャと勢いだけはいい演奏を終えたばかりのジョンたちだった。

 

  そのスーツ姿のカメラマンの来訪に、バンジョー担当のロッドが

 「やったー! いよいよ俺たちにも、雑誌の取材かよ。有名人への

 第一歩だぁ!」と有頂天に叫んだ。

 

  紳士は少し困った顔をして「ち、違うんです。実は私の娘が・・・、

 ジョンの・・・」と云(い)って言葉につまった。

 

  ジョンは自分の名が呼ばれたので、わざと丸い目をして驚いて、

 口笛を吹きながら、みんなを見渡した。

 

  よく見ると・・・、その紳士の後ろには、栗色の長い髪のかわいい

 少女がひとり、紳士の背中に隠れるようにして立っていた。

 

 「そ、そうなんです。私の娘のダナなんですが・・・。この子が・・・、

 ジョンのことを好きらしくて。つ、つまり・・恋してしまったらしい

 のです。一目惚れということでして・・・ 」

 

  とゆっくりと云うと、その紳士は、まるで自分が一目ぼれをしている

 本人のように、顔をわずかに紅(あか)くして、繊細(せんさい)な

 笑みを浮かべて、そして知性的な眼差しでジョンを見た。

 

  ジョンは自分より年下らしいダナを見た。端正な顔立ちが父親に似て

 いる。 少女は俺を見て頬を紅くしている・・・。その瞳は燃えるように

 美しく輝き、はにかむ微笑(ほほえ)みは天使のように幻想的な美しさ

 だった。これまでモテるタイプとも思っていなかったジョンは、自分に

 恋している少女に、鮮烈な、新鮮なショックを受ける。

 

 「そうですか。きっと、お父さんに似ていてダナも芸術家の魂を持つ子

 なんですね。 だから、俺なんかに・・・」

 

  と、ジョンは紳士に話すと照れ笑いをして、ギターをかき鳴らした。

 

 

  そのわずかあと、ジョンの近所の友だちのアイヴアンがポールを連れて

 楽屋に来た。

 

  ジョンは酒に酔っていた。「君がポールですか。ウワサは聞いてます

 よ。仲良くしよう。・・・ロックン・ロールは最高だよね。どうだった

 かな? さっきの俺たちの演奏は」

 

  と、最年長のバンド・リーダーのジョンは、2歳年下のリーゼントの

 似合う初対面のポールに云った。

 

 「感動したよ」ポールは、素直に、笑顔でいった。そして、みんなは、

 特にジョンとポールは時間を忘れて、夢中で、自分たちの音楽の腕前を

 披露(ひろう)し合った。ジョンとポールはお互いに、 スゴイ奴と

 出会ったもんだ、これで、いい音楽が出来るぞ!と直感的に思っていた。

 

 

  人生なんて、何が、どう転(ころ)んで、どうなるかなんて、誰にも

 分(わ)からない もんだ。しかし、それを、タフに生き抜くのが、

 ロックン・ロールって奴(やつ)だ。ジョンは、いつも そう思い、

 身のまわりに起きる困難を乗り越え、気まぐれなバンド仲間を引っ張り、

 結婚式やパーテイで、バンド仲間たちのリーダとして演奏活動を

 しっかりと続けた。下手(へた)だった歌もギターの腕前も上達して

 いった。ジョンとポールは、すっかり意気投合して、互いに励まし合い、

 時には良きライバルのように燃えながら、一緒にバンド活動をしていった。

 

 

  ある日のパーテイ会場でのこと。バンド仲間とギターを演奏しながら

 歌うジョンは、そのステージ前に立っている観客たちの、最前列の近くに

 いる見覚えのある少女に心を奪われた。

 

  調子よく、8ビートで歌をうたいながら、誰だっけ・・・、あの

 栗(くり)色の長い髪のかわいい子。そうだ、あの子は・・・ダナだ!と

 ジョンは思い出す。

 

  俺なんかに恋してくれた少女。あの時と違って、濃い化粧をしている。

 今もきれいなダナ。しかし、あの時、俺に投げかけてくれた輝く瞳、

 天使のような面影は今はない。・・・隣りにいるのは彼氏かな・・・。

 

  ジョンは、なぜか自分でもわからない、 深い哀しみを感じた。もう、

 あの時の、あの子は、あの彼女は、ここにはいないんだ・・・。

 

  でも、俺の歌を聴きに来てくれている。これでいいじゃないか。

 最高さ。そうさ、これがロックン・ロールなんだ!

 

 

   Yesterday  all  my  troubles

    seemed so far away .....    

 

 

  (了)