ころんでも、ただではおきない。 そんなふうな、創作でした…。 (´_`\)敬礼☆☆☆
ジョン・レノンの命日に 【第9作】
ジョン・レノンの命日に おいらは はでに ころんだ 合唱団の 練習の すぐあとで 駐車場の縁石(えんせき)に つまづいた 左ひざ 右肩を すりむいて おまけに 頭を 強打した クルマのあいだに たおれたので だれにも 気づかれずにすんだ おいらは すぐに たちあがり はずかしさ 痛さ いっぱいで ふつうに クルマを 走らせた 頭の働きが おかしかったけど
ジョン・レノンの命日に おいらは はでに ころんだ 本屋に たどりついたけど 頭の 機能は おかしいままで どうして ここにいるのかと 記憶が ふっ飛んだ感じだった ジョン・レノンの 大きな表紙の CUTを おいらは手にとった ジョンの最後のことを思った おいらの苦痛の 何千倍だったのか この人生の すぐ隣(となり)には いつも過酷な 現実があるのですね
ジョン・レノンの命日に おいらは はでに ころんだ 合唱団の 練習の すぐあとで 駐車場の縁石(えんせき)に つまづいた 楽譜を両手にかかえたままで 無抵抗のまま たおれてしまった まるで 幽体離脱(ゆうたいりだつ)のようで 頭脳が 正常に 働かないと この世界も 終りだなと のんきに感じた ジョン・レノンは いつも勇気をもって 音楽や 愛や 魂の 大切さを おいらに 伝えてくれていました!
John Lennon Museum|ジョン・レノン・ミュージアム http://www.taisei.co.jp/museum/
幽体離脱とは? http://www.fitweb.or.jp/~entity/shinrei/taigairidatu.html
(今回の歌詞の解説として。乙黒一平)
みなさん、こんばんは。
12月8日は、何も書く予定ではなかったのです。
駐車場で、はでにコケて、 頭の働きが、しばらく異常な状態で、 本屋に行ったら、ジョン・レノンが表紙の CUTという雑誌がおいてあって、 それを手にとって、買ったわけなんです。
頭を強打して、約10分間くらいのことですが、 なぜ、自分が本屋にいるのか、 どこから、本屋に来たのか、 しばらくわからなかったのですから、 おかしな体験ですよね。
ある意味では、正常な意識がないまま、 行動とっていたりして、 現実から離れたような、 不思議な貴重な体験でした。
いまは、頭の機能は、正常にもどったようで 安心していますけどね。笑。。
意識を失ったり、死んだりすれば、 この現実の世界は、その人からは 消滅するのでしょうけど、しかしまた、 この現実は、あり続けるのですからね。
あたりまえのことのようですが、 これっていったい『どういうこと?』なの でしょうかね。
ぼくのばあい、この哲学的な『問題』を 解決するためには、ぼくには、やっぱり、 『魂』の不滅というか『永生=永久の命』 という考え方が、成立するのが、 ごく自然で正しいことのように思えるのです。
むずかしいことを経典とかにしている 一般的な宗教は、戦争とか争いのもとでもあるし、 あまり、好きじゃないですけどね。
なんとなく、つれづれに書きました。
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