Doorway 海月みき
ふらりと書店に立ち寄った。目的があるわけではなかった。 パラパラと本をめくり、また棚にもどす。3冊目の本に手をのばしたのは タイトルが「女」とだけあったから。私の助平心からか手は勝手にページをめく る。 ぴたりと止まったページには、こう書いてあった。
「主人は私の恋心に気づいていない。私の恋の相手に気づいていない。こんな にもこの人は鈍感だったろうか。こんなに鈍感で会社での仕事はどうしている ん だろう。勤まっているんだろうか。人の気持ちに対してあまりに鈍感だと管理職 なんてのも短い命だわ」
あーよくある不倫のストーリーか・・・と思いながらもまたパラパラとページを 先にすすめた。
「朝ご飯を作っている時・・・「昨日飲み過ぎたようだからシジミの味噌汁にし てあげよう」 「出掛けに・・・ドアを閉めたあと、玄関に飾ってある豆粒くらいのカエルの 置物を そっと 撫でて「今日も無事カ・エ・ル(帰る)と願かけ」 「風が冷たい日だから・・・すぐに入浴して身体を温めてからのほうが晩酌はお い しいもんね。7時には沸かさなくちゃ」 「部屋はなかなか片付かない・・・テレビの前のくつろぐスペースだけは確保し て あげなきゃ。 これぞ四角い部屋を丸く掃くってことね」
そこまで読んでふと思った。普通の主婦がまたもう一つの普通の暮らしで不倫を するっていうのか?
次のページには一行だけが書いてあった。
「15年暮らしている主人に恋心を持ち続けている私に気づいていない。日常に注 がれた愛情に気づいていない。死ぬ間際になってから気づいてくれるというの かしら・・・」
主人公の言動はいくつも私の家庭にあてはまった。あえてとりあげるほどでもな い 毎日の些細な事だった。
そこに、こんな思いがこめられていたとは・・・私の妻もそうに違いないと思い 込んだ。 本を棚に戻して、帰り道を急いだ。いつも通る駅前のケーキ屋を気にした事もな かっ たが、覗いてみたら、妻が以前食べているのに似たケーキがあった。マロンケー キ? 妻はマロンケーキが好きなのか?どうだったろうか?こんなことも知らない俺は なん であいつと一つ屋根の下にいるんだ?
3つ買った。妻に2つ、私に1つ。
電車の中吊り広告に目がいった。 「家庭を守れない男は本当は仕事ができない男」
私は笑った。このケーキ3つで仕事ができる男になるかもしれないのだと・・・。
私は・・・妻と恋をしようと思った・・・はて?「女」の著者はなんという名前 だったか? 礼が言いたい晴れ晴れとした気分だった。
私は42歳の大人の男であった・・・。
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